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北欧暮らし。色んな人の色んな目線で。

トナカイ Project 'REINDEER' by akie より

こんにちは。アキエです。

今日はトナカイについて書こうと思います。

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トナカイは学名ではRangifer tarandus。このRangifer属はおおよそ北極圏全体、つまり北米にも分布していますが、原住民による放牧が行われているのは主にユーラシア大陸になります。上のイラストで毛皮柄の範囲がそうです。

 

トナカイは広大な敷地を季節によって移動する動物です。

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(北ノルウェーで、放牧民にスノーモービルで山に連れて行ってもらいました。

もちろん車も人も家もない、真っ白な、静かな世界。私たちと、トナカイだけ。

たぶん今後どこへ旅に出てもこれ以上のものはない気がします。)

 

定置に畑をもって耕作することが困難な北極圏。そこで人々はノマド生活をし、狩りや漁業などで生計を立ててきました。

トナカイはそんな厳しい環境に適応した唯一の、食だけでなく、衣服、道具、そして交通の役目までもをこなす動物でした。

 

そう、あの赤鼻のトナカイは、実は(様々な説がありますが)何百年と、北極圏の原住民の暮らしを支え、さらにその独特の文化をつくってきたのです。

 

スカンジナビアで放牧をしているのはサーミ族ですが、実は現在放牧以外の仕事をしているサーミ族の方が圧倒的に多く、つまり、少数民族の中のさらにごく少数がトナカイ放牧民です。彼らはマイノリティの中のマイノリティなんです。

 

そしてマイノリティというのはいつも弱者の立場になりがちです。

 

以前、トナカイ -序章- - \... ノルウェイ北欧暮らしメモ .../

でもかいたように、トナカイ放牧は実はいろいろと大変な状況にあります。

(以下から、主として北スカンジナビアのことになります。)

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一つは、今まで開発の手が及んでなかった放牧エリアにまで、近現代では手が伸びてきたこと(上イラスト左上参照、特に北スカンジナビアで開発が進んでいます)。

 

道路建設や、炭鉱産業、また風力発電の開発も、その敷地を搾取してしまいます(上イラスト右側参照)。

ただ、トナカイはあくまで放牧。しかもその範囲は町や市をいくつか横断したりと広大です。現在、放牧民は私たちと同じように土地をもち定住住居に住んでいますが、その放牧範囲については彼らだけの権利ではもちろんおさまりません。ときには国立公園にまで及び、そのために自治体政府と協議しなければならないこともあるそうです。

つまりこの敷地問題で放牧民は幾度となく、部外者と協議交渉をしているのです。今でこそ、自然を守ろうとか、小数派(放牧民)を尊重しようとかいう風潮でよくはなってきていますが、やはり経済成長期は小数派はいじめられ(例えば、Norwegianization - Wikipedia等)、トナカイの土地は侵略されていきました。

別に道路を通したところでもトナカイはおかまいなしに横断しますが、(むしろしなければなりません、餌を求めたり、出産のために)餌となる植物の面積はもちろん減るし、交通事故にあうケースも多々あります。

 

他の問題としては、地球温暖化(上イラスト左下参照)。環境破壊による気候変化で一番被害を受けやすいのは地球の極なんです。南側の快適な地域に住む私たちの発展した生活は、実は北極圏の気温上昇に貢献しているかもしれません。

気候が不安定になった北極圏は雪の代わりにときに雨を降らし積もった雪を氷に変えます。

そうなると、普段は雪をほって餌を食べていたトナカイたちは、十分な餌を得ることができなくなってしまいます。彼らは氷を割ることはできません。

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(トナカイが掘ったと思われるあと。2月初旬。)

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(餌に困らないよう、乾燥牧草をまいておくんだそうです。)

 

 

こうやって問題をあげると気づくのが、やはり彼らは部外者によって攻撃されているということ。

 

北の地の広大な土地と豊かな自然資源は部外者にとっては利益の大きなポテンシャルであり、それはきっと数値で表すことができるような、わかりやすいもの。

 

 

でも、真に貴重なものとはなんでしょうか。

 

 

特異な自然環境、そこに住む特異な動物、、博物館に並べてしまえばそれ自身で完結してしまう、もちろんその価値もありますが、そういうものではなくて、

 

 

そこに文化が生まれてきたということ。

 

 

特異な環境が、特異な動物が、人と関わりあい、バランスをとって共存し、彼ら自身の生活を、長い長い期間つくり続けてきたこと。

 

それは数値で評価することはできない、するべきではない、

その土地で真に価値あること、だと思うんです。

 

現代化の波にのまれながら、彼らはうまく適応し、そしてトナカイ放牧の生活を守りつづけています。

私はなにも、歴史的伝統をそのままにすることが素晴らしいといっているわけでは全くありません。

 

むしろその時代に’適応’しながら、そこの自然に寄り添った生活をしつづていること、トナカイ放牧は伝統と現代の狭間にあり、その脆さが魅力をいっそう立てます。

 

私たちは赤鼻のトナカイはよく知っています、

けれども、彼らのその生活がなんなのかはよくわからない。

 

問題を繰り返さないために、理解することは大事、価値も脆さもどっちも。

放牧民の方も言ってました。

 

以下、その理解を促すためのプロジェクト'REINDEER'の本から抜粋です。

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伝統的なナイフは今でも彼らの必需品。

初めて彼らがトナカイのいる山にスノーモービルで行くのについて行った日、私が最初に見たのは、彼がそのナイフで牧草のビニールカバーを切り開いたところでした。

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トナカイのあらゆるパーツは利用されます。パーツごとに冷凍保存します。

昔はこれを外で自然保存していたそうです。

放牧とは変わりゆくもの、もちろん季節ごとに、それと私たち人間のせいでも。

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トナカイ肉は彼らによって自主販売もされています。FBでも購入可です。

彼らは時代の変化を恐れてなさそうに、熱く語っていました。

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彼ら、普段はトナカイ肉はもちろん、たまに友人と物々交換でもらった魚なども食べたりしています。

でもブラッドソーセージは特別。

年に数回しかつくらないけれど、母親はしっかりレシピを覚えています。

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毛皮のブーツも手作り。母から息子へ。

彼はこれ履いてスノボに挑戦したこともあるらしいです。10年ほども前だったとか。

でも少し毛並みが乱れていたことを除いて、それは新品のようでした。

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伝統衣装の飾りももちろん手作り。トナカイの角や骨でできた道具を使い、母親は器用に進めます。簡単だよ、って言いながら。

私はその糸を見ながら彼らの直面している複雑な現実を思いました。

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このロープを使ってトナカイを捕まえ、マーキングしたり、群れに戻したりするそうです。

一度、聞いてみたことがあります。’他の仕事を憧れたこととかないの?’って。

彼は笑ってました。'そんなこと一度もない’と。

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ナイフはそこにいるみんなが持っていました。おじさんも、いとこの女の子も。

ナイフは何にでも使えます。屠殺処理に使うこともあったりするとか。

伝統的なデザインのナイフ。でもみんなちゃんと使ってて、壊れたりもするそう。

ナイフは’切る’ためにありますが、

私にはなぜかそれが彼らとトナカイを’結ぶ’もののように見えました。

 

 

以上はプロジェクトからほんの一部の抜粋にしかすぎませんが、トナカイ放牧の生活を’もの’と’ことば’を通してその価値と脆さを表現すると云う意図でつくられました。

少しでも何かのきっかけにでもなれば嬉しいです。

※ここに載せたイラスト、写真は全てakieによるものです。無断転載はおやめください。

 

 

プロジェクトにご協力いただいた方々、Rein Passion さんとその家族Smuk家、トロムソの友人やオスロの肉屋さん、毛皮販売のWAY NORさん等、本当にお世話になりました。

そして指導してくださった教授方には本当に感謝しています。もちろん最初からうまくいったわけありません。むしろ最後の方まで悩んでいました。批判を受けたこともありました。でもみんな背中を押してくれました。最後に、’私もあなたからたくさんのことを学んだ’と教授に言われたことが、何よりの、なんというか、言葉にならない達成感でした。

 

’REINDEER -トナカイ-’と出会えたこと、ありがとう、ではおさまらないくらい。

 

 

トナカイ放牧については下記のサイトがよく参考になると思います。

http://reindeerherding.org/

こちらはレポート、文献です。社会問題やトナカイの生態について詳しく知りたい方は参考になるかと。

http://www.reindeer-husbandry.uit.no/online/Final_Report/final_report.pdf

 

B.C.Forbes,M.Bölter, L.Müller-Wille, J.Hukkinen, F.Müller,N.Gunslay,Y.Konstatinov (Eds.), (2006)

Reindeer Management in Northernmost Europe -Linking Practical and Scientific Knowledge in Social-Ecological Systems. Springer-Verlag Berlin Heidelberg.

 

Candy M. Anderson, Jack R. Luick (Eds). (1979)

Reindeer Husbandry and Its Ecological Principles. The U.S. Department of the Interior Bureau of Indian Affairs. Juneau, Alaska.